【華頂博一(岡崎祐一)とは何者か】

 〜謎の殿下系YouTuberに迫る〜

殿下049 華頂博一の曽祖父、岡崎芳吉に迫る

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常夜燈|観光・アクティビティ|鞆の浦 潮待ちホテル

 

 みなさんお久ブリーフ! 最近またニセ皇族の華頂博一(本名岡崎祐一)が密かに少人数の講演会活動を再開しているのをご存知だろうか? 過去に何度も淡路島での講演会の主催をし、一度旧皇族華頂宮チャンネルに出演したこともある南あわじ市の参政党員の仲川美和さんが懲りずに岡崎を淡路島に呼んで小銭を与えているのだ。表立って「旧皇族の華頂先生講話会」みたいな触れ込みはもうネットではできないのを理解しているのか、このインスタには華頂のかの字もないが、窓際に鎮座しているDopenessな詐欺師の顔は皆さんご存知だろう。まったく懲りないバカな奴らである。

マイクを持って立っているのが仲川美和さん 年寄りばっかだなしかし

 あ、ちなみに仲川美和さんはマルチ商法でお馴染みのドテラの販売員だ。マルチ、参政党、皇族詐欺の片棒とトリプル役満だな? おい、仲川さん、オレにこんな事を書かれたくなければ皇族詐欺師の岡崎祐一を呼び寄せて経済的に支援をするのを直ちにお止めなさい。みんな監視してるぞ。てか文春記者を差し向けるぞ?w 特別背任の旦那さんの過去とかもバレちゃうよ?

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  さて、枕はこの辺にしておこう。どうせこんなスピり散らかした奴らがアングラでクローズドな活動したとて、もはや何の影響力もないし騙せるのはせいぜい境界知能のビリーバーたちだけだからな!

 


 

 では本題に入ろう。先日Xにポストしたこちらの投稿が、予想に反して反響が大きかったので、この小ネタを元に久々に一本記事を書いてみようかと思い立ったというわけだ。

 

 

 ここでみなさんすっかり忘れかけている岡崎家の概要をおさらいしておこう。

本人 岡崎祐一(不敬にも華頂宮当主を名乗る)

父 岡崎博祐(ひろすけ)

祖父 岡崎秀夫(侯爵:華頂博信の設定)

曽祖父 岡崎芳吉(伏見宮博恭王の設定。以前は岡崎卓伍だとしていた)

 

 さ、皇族詐欺の設定の概要を思い出したところで、今回は岡崎祐一さんの曾祖父にあたる岡崎芳吉さんにスポットを当てて深堀りしてみたいと思う。当該のXのポストの資料の出典は、国立国会図書館で誰でも閲覧できる大正2年発行の「国幣小社沼名前神社々務年報  第1年報」である。興味のない方にはそもそも国幣小社って何やねんと思う方もおられるかもしれないが、これは明治時代以降の「近代社格制度」による神社の格付けみたいなもんで、大雑把に書くと別格の伊勢神宮が頂点にあって、その下に官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社みたいなヒエラルキー構造になっている。

ja.wikipedia.org

 

 今回スポットを当てる広島県福山市鞆町後地1225にある沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)はそんな旧国幣小社であり、さほど大きな訳では無いが全国的にも有名で地元では「祇園さん」と呼ばれて親しまれている。鞆の浦は実に歴史の長い町で瀬戸内海の海運に深く関係していて地理的にちょうど潮待ち、風待ちの地点だったそうだ。昔の船はエンジンがないからね!風や潮流を推進力にして瀬戸内海を航行するわけだね。この鞆町の地形は平地は南北に細長く、後背地にはすぐ丘陵地帯が広がっているので形状のイメージとしてはベトナムのミニチュア版みたいな感じか。

 では、その沼名前神社と岡崎芳吉さんの屋敷との位置関係を見てみよう。芳吉さんの屋敷の住所は鞆町後地(うしろじ)994で、沼名前神社が1224だ。

 左下の赤丸が沼名前神社、中央上の小さな赤丸が芳吉さんちがあったと思しき場所。隣の備後安国寺には学習院時代の皇孫、徳仁親王殿下の来訪を記念した植樹がある。どうだろうか、これだけ距離が近ければ当然関係があるだろうし、行事にも参列する可能性は高そうだ。この距離なので同姓同名の別人説は年代も完全一致していることから除外していいと思う。では、今一度大きな解像度の画像で例のページを良く見てみよう。

 

 祭祀の名目としては【天皇陛下玉體安全祈願祭(十六度)】となっていて、明治45年の7月21日〜30日に渡って16回執り行われている。この祭祀の最終日の7月30日に明治天皇は祈願の甲斐なく崩御し、この日は明治最後の日となってしまった。そして大正天皇の即位によって改元され「大正元年」7月30日となった。すでに明治天皇の容態の悪化は新聞で報じられており、この沼名前神社の祭祀と同様に、7月21日以降は聖上陛下の快癒を願って東京の宮城(皇居)周辺はもちろん全国各地の神社等で同様の祈願が行われていた。

 と、こんな時代背景の話である。では、この祭祀の主だった参列者を書き出してみよう。連日、同様の人物が律儀に参列している。

小林沼隈郡長、林鞆町長、佐竹警察分署長、横手區裁判所書記、表郵便局員、石田訓導、岡崎芳吉、といったところか。

 

 そもそもオレ的にはこれは「小ネタ」なのでそんなに深堀りする要素もないと思っていたのだが、読んだ通りに「表郵便局」って郵便局の局員の石田さんと岡崎さんね〜フーンと勝手に解釈してしまってXにポストしてしまったわけだが、よくよく見返してみるといろいろとおかしいことに気がついた。

 

 まず「横手区裁判所書記」である。横手といえばB級グルメでお馴染みの「横手やきそば」のあの横手しか思い浮かばん。そう、横手という地名で裁判所があるとなると秋田県の横手しかないのであるが、そもそもこの沼名前神社は広島県だ。当時は国家神道が整備され各地の神社に国庫からお金が出ていたし、法的にも国が管理していた。いわゆる祭政一致で、地元の地方役人がそういった神社に公的に参列するのは普通のことだったようだ。秋田県には実際に秋田地方裁判所支部の「横手區裁判所」が存在したが、明治時代に秋田の小役人が広島の神社に呼ばれるとか、業務で行って来いと命令が下る確率は普通に考えて限りなくゼロだろう。今みたいに飛行機と新幹線で日帰りなど無理だしな。

バラ色の珍生 - Search / X

そしてわれわれ一生懸命捜しました、そして、、、お母さん、見つかりました!

実はこの「横手」の部分は人名であって秋田県の横手ではなかったのだ!デデーン!

 

   横 手 萬 作 www

 

 この野郎!紛らわしい名前しやがって間違いかけたじゃねぇか! この横マンのせいでずっと勘違いしてたわ。要は、福山区裁判所の鞆出張所の書記である横手萬作さんのことを「横手區裁判所書記」と表記していたのだ。こ、この沼名前神社の年報は侮れないぞ!

 

 と、なると次に気になるのは「表郵便局」である。も、もしかして表郵便局なんてなかったりして? われわれ頑張って調べました。そして表郵便局、ありませんでした!w

 

 下に貼ったのは田辺卓躬さんという、いわば郵便局マニアの方が1983年に発行した明治郵便局名録という冊子だが、それによるとたしかに沼隈郡には「表郵便局」なるものは存在しない。というか、日本にひとつも存在しなかった。当初は、もしかして大阪のキタ、ミナミのようなエリアの通称で、鞆の浦の中心部の港側を「おもて」と呼び、郊外を「うしろ」と呼ぶんじゃないか?と考えもした。沼名前神社の住所の地名が後地(うしろじ)ということから、これはあり得るな!我ながら閃きの天才かオレは!と思って調べ尽くしたが、どうやらそんな呼び方はしてないようだ。時間を返せよ。

 

 沼名前神社の年報をよく見てみると「鞆郵便局」という表記がチラホラ見つかる。ということはやはり郵便局とは鞆郵便局であって表郵便局ではないとわかる。ではやはりこれも「表さん」っていう郵便局員のことだったのかーーーー! テッテレー!

 

 そう思って年報の1号〜4号を全部読み返してみると「表延吉」なる人物がたびたび登場しており、彼がその「表郵便局員」だと判明した。しかしこの人物の名前、「おもてのぶきちorのぶよし」と読むのだろうが、調べようとすると中国吉林省の延吉市のノイズが多すぎて放棄した。 唯一の成果は鞆材木工業株式会社の取締役にその名前があったくらい。会社設立が大正14年なので14年後の話だ。郵便局員の副業は禁止だろうから定年退職後のことかな?

 

 いやー、実にこの沼名前神社年報は侮れない。侮れないぞ!オレのミスリードを誘う表記が盛り沢山だ。 

 

小林沼隈郡長、林鞆町長、佐竹警察分署長、横手區裁判所書記、表郵便局員、石田訓導、岡崎芳吉

 

 よくよく見てみれば、人物の名字+役職名で書かれているとわかるのだが、さすがに横手区は騙されるだろw あ、ちなみに佐竹警察分署長は佐竹多郎という人物で、このあと広島県府中市の上下警察署長へと栄転しているところまでは追えた。階級は警部。

 

 小林沼隈郡長は正六位勲五等の小林正敏という嘉永6年熊本生まれの警察官僚で沼隈郡長に任命されて赴任してきたようだ。大正8年に病没。郡制は大正15年に廃止されているが、選挙で選ばれる政治家ではなく国から任命される地方官僚である。

 

 林鞆町長は林半助なる地元の名士で鞆銀行の創業者だ。鞆銀行は後に山陽銀行に吸収合併されたが、その山陽銀行の取締役として名前と鞆町の住所が確認できる。この町長というのも任命によるもので選挙で選ばれた政治家ではなく、地元の名士が兼務すると言った性格のものだ。他にも山陽銀行傘下の鞆貯蓄銀行の専務取締役、広島県農工銀行の監査役、福山銀行取締役、今はなき鞆軽便鉄道の社長なども兼務していたようで生粋のビジネスマンだったようだ。実家は徳永家だが、醤油醸造の林半助商店の家に婿入して徳永鶴三郎から改名して林半助を襲名。鞆軽便鉄道はその後、鉄道は全廃してバス専業となりトモテツバスとして現在も創業家の林家が経営している。

 

 石田訓導についてだが、訓導という役職名は明治時代の尋常小学校などの正規教員の職階名。先生のことを畏まって呼ぶときや表記するときには◯◯訓導と書いた。他には明治初期の宗教政策で大教宣布(神道国教化)運動のために設置された無給の宗教官吏(教導職)の階級に訓導というものがあった。大教正>権大教正>中教正>権中教正>少教正>権少教正>大講義>権大講義>中講義>権中講義>少講義>権少講義>訓導>権訓導という階層で構成されていたが、明治17年には運用廃止となっているので、この明治45年の社務年報の訓導は「尋常小学校の先生」という意味と捉えて差し支えなかろう。それが証拠7月に25日朝の参列者には「石田、森原両訓導」の表記が見られる。決して訓導と書いて「のりみち」という名前の人物ではないとわかる。

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 ああーー! また無駄に関係ない人のことまでクセで掘ってしまった!いかんいかん! で、肝心の岡崎芳吉さん関しては何の役職も柱脚も書かれておらず、単に参列者の一人としてフルネームで記載されているだけのようだ。なんでかね? 地元の名士なら何らかのタイトルが付いているのが普通だろうしな。先のXのポストにぶら下げてあるけど、どうやら岡崎芳吉さんは帝国海軍の志願兵で職業軍人だったようだ。


 上に貼ったものは1972年発行の沼隈郡誌なので、岡崎芳吉の最終階級が上等兵曹だったとわかる。少尉候補生以上であれば海軍士官名簿などで追えるのだが、下士官で軍人を終えた者となると国会図書館のデジタルアーカイブでは追うのに限界があるが、ネットだけでできるところまで追ってみよう。

 

 まず、明治28年12月24日の官報での勲七等と勲八等の同時受賞が確認できる。階級は海軍三等兵曹で、名目は「明治二十七八年戦役の功により勲七等青色桐葉章および年金46円を授け賜う」とある。明治二十七八年戦役とはいわゆる日清戦争のこと。46円もらったようだが現在の貨幣価値と単純に比較するのは難しいね。消費者物価指数(CPI)換算すると約23万円くらいで、労賃基準で換算すると130万円くらいと、比較対象によってバラツキがどうしても出てしまうけど、まぁ当時の軍人の給料の数カ月分と見ていいと思う。ということは岡崎芳吉さんは海軍軍人として優秀だったのだと思われる。

 

 

 そして5年後の明治33年には「第13期水雷術短教程」を卒業しているのが確認できた。階級は2つ上がって海軍一等兵曹に昇進している。どうやら水雷術が専門の兵曹だったようだ。水雷ってのは魚雷、機雷、爆雷なんかの総称。そういえば華頂博信も水雷の専門家だったので妙な因縁を感じずにはいられない。階級の上に書いてある佐、横、呉の文字はそれぞれ佐世保、横須賀、呉にあった鎮守府の事で、佐世保で受講したという意味。この時点で鞆町出身の芳吉さんは佐世保と縁があったようだ。

 

 

 さらに4年後の明治37年の日露戦争の頃には上等兵曹に進んでおり、第18艇隊の水雷艇第61号艇に乗務していたことがわかった。この船の艇長の宮村暦造大尉はのちに海軍少将まで進んでおり著作も複数見つかった。第18艇隊は長崎県対馬にあった竹敷要港部に所属する水雷艇で、形式としては第二十二号型水雷艇と呼ばれる艦船のようだ。帝国海軍の軍艦には必ず漢字の名前が付けられていると思いきや、こういった末端の小さい船には第◯◯号といった簡素な名前しか付けられていなかったようだ。

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 ちなみに、岡崎祐一が曽祖父を伏見宮博恭王に設定する前の「岡崎伍」の元ネタになった海軍中将まで進んだ「岡崎伍」は第一艦隊隷下の第一戦隊の旗艦である装甲巡洋艦「日進」に機関少監(少佐相当)として乗っている。

 

 そして飛んで昭和17年8月29日の官報でも名前が確認できる。「従七勲六功七」岡崎芳吉とある。これは紀元二千六百年祝典記念章授与のタイトルで、全国の膨大な数の受賞者の名前が掲載されている長崎県部分の抜粋である。軍人で従七位(じゅしちい)だと中尉相当だと思うのだが、上等兵曹の岡崎芳吉さんが中尉にまで昇進していたのだろうか?だとすれば海軍士官名簿で必ず名前が確認できるはずだがそれもない。謎だ。誰かここらへんに詳しい方の助言を求めたい。

 

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 とまぁ色々ほじくってみた結果、鞆町の岡崎芳吉さんは海軍軍人であり、日清・日露戦争に従軍して武勲を立て何度か国から勲章や記念章をもらっている人物だと推定できる。いつ退官したのか、いつ長崎に移り住んだかは定かではないが昭和17年の時点で長崎県の住人だったのは確かなようだ。

 

 

 となると、岡崎祐一さんが育った佐世保山手町の家には曾祖父のそういった勲章やら記念章やら、海軍ゆかりの品が多数保管されていたのは当然と見るべきで、それを祐一少年は育ての親の祖父の岡崎秀夫さんからあれこれ逸話を聞いていただろう。そしていつしか「おじいちゃんから聞いた話」の中で曾祖父は海軍の偉い人と思い込み、後年に同じ戦役に参加していた帝国海軍中将の岡崎貞伍を知って自分の曾祖父に重ねてしまったのではないか? そして血統妄想が悪化して曾祖父は実は博恭王だったのでは?と妄想するようになってしまったのでは? 真相は岡崎祐一さんしか知らないが、あながちそうハズレてもいないのではないか? 最後に岡崎祐一の2016年のフェイスブックの日記を貼って終わろうと思う。さて、みなさんはどう思われただろうか。興味は尽きないね!

 

 

 

 

 

 

殿下048 詐欺師を擁護する落合莞爾を叩き斬る!

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 この記事の執筆中に華頂博一から声明が出た。結局ごめんなさいとは言っているけど、自分がニセモノでした。詐欺師でしたとは告白してないよな? 何を甘っちょろいことを言ってんだよ岡崎てめえコラ! 何が次の世代がだよ! ふざけんなよ! コメントもオフだし舐めてんのか? 早く逮捕されちまえよクソが!

 

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 さ、枕はこの辺にして本題に入ろう。最近、自称歴史研究家の落合莞爾氏が華頂博一こと詐欺師の岡崎祐一を何とか旧皇族の血筋に仕立て上げようと躍起になっている。落合莞爾についてはご存じない方もいると思うので軽く紹介しておこう。概略はwikiに譲るとして、落合氏の独特な視点での著作については触れておいた方がいいだろう。 

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なんとも香ばしい著書の数々。ハマる人はハマってしまうらしい

 

 私は真剣にこれらの著作を読んだことがないが、結局のところ、ほとんどが落合氏が「状況証拠」と断定する「洞察」を主軸にしたファンタジーである。これを「落合史観」などと言ってウソの妄想歴史を真実と言っているのだからお笑いでしかない。当然だがアカデミックな世界からはまったく無視されている存在である。もちろんプロの歴史学者ではなく、ただの歴史歪曲の爺さんである。

 整合性が取れなかったり都合が悪いと簡単に歴史上の人物に「偽装死」という力技を行使し、死んだことを否定して別の場所に出現さてしまう。まさにファンタジーと言って差し支えないだろう。西郷隆盛は偽装死してスイスに渡った、とか、伏見宮治仁王が偽装死してヨーロッパに渡ってエルンスト鉄公になり、後のハプスブルク王家の祖となったとか本気で書いているのである。当然だがそんなエビデンスは世界中探してもない。あるのは落合氏の「洞察」だけなのである。近年の人物では石原莞爾陸軍中将や華頂博信元侯爵なども偽装死として扱っている。直接臨終に立ち会った人もいるし、ご遺体も確認されているのに、そこら辺の都合の悪い部分は完全に無視するのが落合流だ。

この論法なんだよw 合体ってBLか? で、詳細は未詳って、結局なんの証拠もないただの想像ってことだよね?それを「洞察」って言葉で正当化してるんでしょ?

 これらの著作を「山ごもり」中に読んである程度の知識を蓄えていた華頂博一が、和歌山の落合宅をソイちゃんと訪ねた時に「ハプスブルクは伏見宮」とか「周恩来はハプスブルク」とか言う妄想を話したところ、落合氏が「自説が裏付けられた」と解釈してしまうあたりが普通の人から見れば大爆笑のエピソードだろう。そりゃそうだ、あんたの本を読んだ読者(詐欺師の岡崎祐一)が著者にその内容を「おじいちゃんから聞いた話」として話しただけなのだから。

 

 後醍醐天皇の孫の"大塔宮"護良親王を都合よく扱う「大塔政略」や、明治天皇になる前の睦仁親王と大室寅之祐が入れ替わり、大室が明治天皇、落合史観で言うところの「政体天皇」となり、本物の睦仁親王は京都の「堀川御所」なるところに隠遁し「國體天皇」となったという、まったくもってトンチンカンな説を説いているのである。皇室をばかにするのもいい加減にしろ! そしてこの「國體天皇」の子孫こそが落合氏の著作に頻出する「京都皇統」「ウラ天皇」であり、それを支える「國體舎人」なる胡散臭い人物群が落合氏に情報を提供しているのだという。これらがいわゆる「さる筋」であるw これをまともな人間はどう判断するだろうか? 「そんなもんいねぇよ」が正常な判断だろう。もちろんそんな人物は存在しないのが当然だし、仮に存在するとするならば、落合氏がその人物に騙され続けていると見るのが妥当だろう。何よりひとつも証拠を提出していないのだから。落合氏の問題点はこの「証拠提出能力のなさ」であろう。

 

 余談だが大塔宮護良親王の読みについては「おおとうのみや」「だいとうのみや」「もりながしんのう」「もりよししんのう」などと定まっていない。当時どのように発音されていたかの資料がないみたい。諸説はwikiでも参照されたし。

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 さて、簡単だがこれでだいたい落合氏の著作を読んだことのない人でも、落合氏の論法や「洞察」や「落合史観」がどういったものか理解できただろうか。ようはパズルのピース同士がガタガタで絶対にハマらない形状だけど、そこを無理やり力技でねじ込んでしまい、全体像が歪んだ物になってしまっているのが落合史観という歴史歪曲のファンタジーである。歴史学界界隈から無視されるのも当然だろう。

 

ここから先は有料領域です。

 

 

 

 

 

なんてな!w

俺は華頂問題で金を得るつもりは毛頭ない。誰かさんと違ってな!

 

 

博恭王殿下まで偽装死だと? ふざけるな!

 さて、ここで落合氏が有料で書いている記事は、金を払う価値がないので当然読んでいないが、無料部分だけでも十分に反論に値する。記事を購入した方から内容を送って頂いたものも一部あるが、すべてに課金して読む価値はないだろう。何しろコメント欄も記事を買わないと書き込めないという凶悪仕様なので、彼の庭で反論する術がないのだ。絶対に金は払わんぞ?w 宣伝するのも嫌だが、ここは公平にソースを提示しておこう。落合氏のnoteはこちら。興味のある方は無料部分だけでも読んでみるのもいいだろう。課金すると後悔するだけだということは先に申し上げておく。

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ハートマークは記事を購入しなくても付けられるので購入者の数は不明だが、いいね×500円だとすると17万円くらいの売上になっているかも? 他の記事に比べると華頂記事は購入者も多いのだろう。落合氏にとっては金になるネタである。

これが岡崎祐一が主張し、落合氏が無理やりこじつけている家系図だ
これは完全に論破可能なシロモノである

 落合氏の記事では、閑院宮載仁親王殿下、伏見宮博恭王殿下までをも「偽装死」として扱っているのが私は許すことができない。それぞれに宮付の主治医がおり、死亡診断書も宮内庁に現存しているし、臨終に立ち会った人々も多く、偽装死などできる訳が無いではないか。皇族を侮辱するのもいい加減にしとけよジジイというのが率直な私の感想である。博恭王殿下の臨終に関しては、博恭王ファン必読の書である「博恭王殿下を偲び奉りて」にて詳細が描かれている。昭和21年6月〜8月の日々はほぼ目黒御殿で寝たきり状態となり、毎日いろいろな人が立ち会って殿下を励ましお見舞いをされている。8月16日の臨終の際は、すでに薨去された長男博義王の未亡人朝子妃殿下、主治医だった稲田龍吉博士などをはじめ、ご家族、親族なども多数おられた。こんな状態の博恭王殿下が偽装死だと?馬鹿にするのもいい加減にしろ!

一条公爵家からの嫁である朝子妃殿下は博義王亡き後も伏見宮家に残り、亡夫の父である博恭王殿下に対しての献身的な看護は有名な話

 

 多くの人に敬愛され、元帥海軍大将であり軍令部総長まで勤めた博恭王殿下を自説の都合だけであっさりと偽装死認定にしてしまう落合氏の思考回路がどうなっているのか意味不明である。皇族方への崇敬の念などまるでないのは明白だ。問い詰めたところでどうせ「偽装死の具体的な詳細については未詳」なのだろう? まったく落合氏の説はこのようなものばかりである。

 

この人物がハワイ王女だと? ふざけるな!

 さて、そして華頂博一が最近、落合氏に送った写真がコレである。華頂博一の祖父である岡崎秀夫氏の後妻の常子夫人だ。落合氏はこの写真の常子さんを見て以下のように記述している。正気なのか?

 



 みなさんはこの女性がポリネシア人、ハワイ原住民に見えるだろうか? どう見たって恰幅の良い日本人のおばちゃんである。そしてこのように書いている。↓

 このように何の証拠もなく「称したのです」と断定してしまうのが落合氏の悪い癖である。一時が万事この調子なのだ。断定するならそれなりの文献なり証拠を出してみろと。参考までにハワイの最後の王であるリリウオカラニ女王の写真を貼っておく。ハワイ先住民(ポリネシア系)とはこういう系統の顔立ちである。日本民族とはまったく違う。どこをどう見たら上のおばあちゃんがハワイ人に見えるのだろうか?整形して肌の色も変えたっていうのか? くだらねぇ!
 リリウオカラニ女王 Queen Lili'uokalani - KonaHawaiiのブログ

最初で最後のハワイ王朝の女王、リリウオカラニ

 

 

この人物が華頂博信だと? ふざけるな!

 そして岡崎秀夫氏のとの並びの写真も公開されているので紹介しよう。↓

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 女性は上に貼った常子さんと同一人物であることは明白だろう。親族の結婚式での一枚である。落合氏はこの男性を華頂博信と断じているわけである。え?本気ですか?w どうやら落合莞爾先生は相当目が悪いか、人の人相も「落合脳」で都合よく変換する機能がついているようだ。

 

どう見ても別人

 

どう見ても完全に別人

 

どう見ても完全に圧倒的に別人

 と、まぁこの写真を見ただけでも岡崎秀夫氏が華頂博信元侯爵と同一人物だと信じる人はいないだろう。信じているのは落合ファンか詐欺師の華頂博一ファンの数名だけである。だいたい華頂博一をいまだに擁護している面々はだいたいが統合失調症患者で救いようのない陰謀論大好きで天邪鬼と相場が決まっている。「耳が似ていますね」とか「ゴムマスクですね」とか平然と言ってしまう痛々しい界隈である。

棺に収まった華頂博信元侯爵

 だいたい「偽装死」なんて変な小説の読み過ぎなんじゃねぇのか?そんな事ができる訳ねぇだろ!当然一人ではできないし、組織的に犯罪に手を染めなければならない。新しい戸籍も用意しなければならない。身代わりになる人物を探してきて、整形して顔も体型もそっくりさんに仕立て上げ、死ぬ直前に入れ替わり、毒殺だかで殺しちゃうんでしょ?誰がそんな悲惨な役目をやるわけ?バカなの?その具体的な手順を教えてくれよ落合先生よ。え?具体的な詳細は未詳?証拠は?えっ?ないの? じゃぁなんでそんな無茶な説を唱えるの? えっ? 洞察? えっ? それってただの思いつきだよね? このまま論破完了しちゃうけどいいの? 反論するには確実な証拠が必要だよ先生! そんなもんないし用意すらできないんでしょ? 昭和45年に華頂博信がLAで亡くなった時にそばに誰がいたと思う?後妻のルース寿美子さんと娘の幸子さんがいたんだよ?幸子さんはまだアリゾナでご健在だよ?ご遺体の写真もバッチリあるんだよ?これをどう説明するの?できないんでしょ?

 

 う〜ん。あんま老いさらばえた老人をいじめても楽しくないからこの辺にしとくけど、結局落合氏は自分の都合のいいように証拠もなく勝手に人を偽装死にしてしまう非常に悪い癖をお持ちなのは明らかである。ロジックが最初から破綻しているので結論もお粗末極まりない。「矛盾しません」だの「破綻していません」だのと何の証拠もなくこじつけているだけである。遺族感情など1ミリも考慮しない悪質なデマの喧伝で害悪でしかないのである。

 

 そして何よりも華頂博一を取り巻く現状認識が全然できていない。岡崎祐一が血統妄想を発症し、どのように計画を立てて、どのようにして人脈を作っていったか。私には多くの情報が寄せられており、時系列に誰と知り合ったか年表にできてしまうほどに詳しく知っている。落合氏はもうお年寄りだから都市伝説YouTuber界隈のことなど知りもしないだろうし、文春がなぜ記事を出したかも理解できていないし、その前後の動向もまったく理解していない。それなのに完全に勘違いしてMATT SHOWさんに対してまったく的はずれな批判や恫喝まで展開している。はっきり言って落合莞爾氏は「こちら側界隈」からすれば失笑を買い続けている哀れな老人である。もうおやめなさい、みっともない!

 

 私はこれまで丹念に調査を続け、岡崎祐一が人間のクズの詐欺師であることを事細かに証拠を添えて証明してきた。何より岡崎祐一を側で見てきた人たちの証言は大きいし、落合氏の知らない岡崎祐一の裏の顔を知っている。妻にDVを繰り返し、最近でも紹介された女性に対して暴力を振るって警察沙汰にまでなっているし、違法薬物使用疑惑もある。そういう一面を落合氏は当然知らないだろう。その詐欺師の岡崎祐一を何の証拠もなく華頂博信の孫だと認定し、その追認作業まで買って出ている。しかもその記事は誰もが読めるものではなく500円で販売しているという下劣さである。こうなってくると落合莞爾氏は犯罪者を助ける害悪でしかない。この事をもっとよく自覚し、その偉そうな態度を改めて真摯にこの問題をよく調べて真実と向き合って欲しい。皇族詐欺の擁護など許されるものではないことは落合氏もわかっているだろう。これ以上詭弁を続けると後戻りできなくなるのは明白である。ないものを有るといい、事実でないことを事実という。こんなものは洞察でもなんでもない。揺るぎない史実を証拠を添えて一突きすれば脆くも崩れ去る砂上の楼閣である。

 

 

殿下047 岡崎の雲隠れと厩戸ノ華頂

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今までで一番大きな動きがあったぞ!

 

 さて、何から書いていいか混乱しているが順を追って書いてみる。 まず、2024年11月16日の土曜のライブ配信。岡崎祐一(芸名:華頂博一)が出演せず、ソイちゃんが一人で喋るという、何かあったんだろうなと予感させる映像。岡崎は事前に「年内は山に籠もる」というような発言をしていたが、それを実行に移したということか。

そこにはギターだけが置かれていた

 そして11月20日、旧皇族華頂宮チャンネルの動画がすべて削除され、そのニュースは界隈に伝わった。チャンネル名も「大切なお知らせ」とだけ書かれており、何かが起きているのは明らかな状況だった。

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 その数時間後に、ソイちゃんのアナウンス動画がアップされた。要約すると、各方面に迷惑がかかる可能性があるので動画は削除した、予定していた講演会などは中止、先生は自分を見つめ直し少し時間が掛かるが必ず先生の言葉で真摯に説明する、などである。

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 この状況を見て私は怒りが込み上げてきて、あの野郎逃げやがった!逃がすかハゲ!とばかりに、次なるターゲット予定だった一般社団法人厩戸ノ華頂への面々への攻撃準備を始めた。厩戸ノ華頂というのは、華頂博一のオフィシャルな講演会を主催する法人である。アンチの親玉たる私からしてみると、長きにわたり岡崎を擁護支援し、アンチの声を黙殺して皇族詐欺活動を続けてきた伏魔殿と思しき場所である。アンチというと聞こえは悪いが、出自不明の謎の老人を旧皇族として宣伝し金を取るとは何事かと糾弾するのは至って正常であり正しい行為だと私は強く確信している。

 

 この法人は令和4年8月31日に登記され、代表理事の高谷秀司氏を筆頭に5名の理事と1名の監事が名を連ねている6名からなる法人である。ちなみに岡崎祐一はこの登記簿には名を連ねていない。高谷さんはミュージシャンとして著名人の範疇に入るし、実際に講演会の前座で楽器の演奏をしていたり、講演会のポスターに顔写真入りで掲載されていたりしたので実名で表記をさせていただくが、他の理事の方たちは今後はイニシャル表記とさせて頂く。

 

 当然私はこの法人の登記簿の全部事項を取り寄せ、誰が何をしている人物なのかを片っ端から調べた。理事の辞任や登記に変更がないか確認するために数ヶ月に一度取り寄せもした。すると、高谷さんに次いで登記序列ナンバー2のW氏が令和5年12月3日に辞任していることがわかった。これは星陵会館での厩戸ノ華頂主催の講演会のあった日であり、非常に意味深な辞任だなと思っていた。

 

一般社団法人厩戸ノ華頂の登記簿 序列No2が辞任しているのがわかる
磯崎はソイちゃんである。これは今さら隠してもしょうがないので載せる ごめん!

 

 実はこの理事である「Wさん」が、この翌2月に私のXをフォローしてきたことがあった。それでこれは「お!ついに内部告発来たか?」とざわめきだったものの、DMも何もなくただフォローされただけであった。痺れを切らして私からDMすると返信が来たのは2ヶ月後で、はじめましてと言った挨拶だけ。それに対しいくつか質問をぶつけてみるが梨の礫であった。この一件があり、やはり私の言動を監視するためにフォローしただけか、という感想を持ち、ますます厩戸ノ華頂への不信感が増幅していったのである。

 

 そしてつい最近、華頂博一としてデビューする前の岡崎祐一の東京での友人だった、パンクバンド「NOCUT」のボーカルのドクさんから週刊文春の取材が来たという報告を受けた。その後、ドクさんが私を文春記者に紹介してくださり、それで私にも文春から接触があった。そして私の持っている岡崎に関する情報を文春側に多数渡したという流れだ。そして文春が岡崎に直接電話し、ビビった岡崎は逃亡したというわけだ。これが「旧皇族華頂宮当主」と名乗っていた男の実像だ。何とも情けないではないか。今まで支えてくれたスタッフやファンの感情などまったく考えず、自分の事しか考えてないクソダセェ小男、それが詐欺師の岡崎祐一だ。こんな小男が世界平和だの未来の子どもたちガーとか曇りなき瞳で〜とか綺麗事を語っていたのである。実に滑稽ではないか。

 

 そして文春の質問にいくつか答えていくうちに「岡崎が設備工事の会社で働いているらしいとの情報何か知りませんか?」と文春記者。そこで私はすぐにWさんの会社だなと直感した。前述の通り厩戸ノ華頂の理事の方々についてはすでに調査済みだったからすぐにわかった。Wさんは川崎市内で設備関係の施工会社を経営しておられる。そして文春がWさんにアタックし、Wさんは快くに取材を受けたと。そしてWさんから私に連絡があり、ようやく念願の厩戸ノ華頂の理事にウラ話を聞くことができたというわけである。ここまでがこれから書くストーリーの前段階。

 

 と、これを書いてる時点で文春オンラインの記事が公開された。 今回は岡崎の実名も出さず、あくまでも血縁に疑義といった内容である。 核心部分は残念ながら有料記事である。私は情報提供者なので文春側からPDFを受け取ってすべて読めているが。これ以降の反響はみなさんがご存知のとおりである。今まで華頂博一を知らなかった人にもこの件が多く知れ渡った。やはりマスコミの影響力は大きいと改めて実感した。逆にうぜぇコメントしてくるやつも増えたがw

bunshun.jp

 

W元理事とS理事にお話を聞けた

 まず、Wさんとの会話について書く。私にしてみれば「伏魔殿」のボスと思しき人物である。多少緊張したが、話してみると言葉遣いも丁寧で品性を感じる。このWさんは前述のように設備施工会社の社長で、岡崎が「代表」として祭り上げられていた相鉄線西谷駅近くにあったパチンコ店「アマテラス」の設備工事も担当していた。私は以前から初期の華頂宮チャンネルの運営はこのアマテラス絡みの人脈で間違いないと踏んでいたので、このWさんの会社がアマテラスの設備を担当していたものとして認識して調査をしていたが勘は当たっていた。余談だが、このアマテラスの末期はほとんど営業をせず、設備工事のためといった名目で店休を重ねていた。おそらく資金繰りが悪化して特殊景品が用意できなくなっていたと見るべきか。

安倍晋三名義の花輪が飾られたりと何かと話題になったアマテラス。現在は閉店して建物も取り壊されて跡地にはマンションが建っている。当時の社長は元「警視長」だった人物

特殊景品の「直買い」で逮捕者も出している
Wさんからの指摘で事情聴取のみで逮捕者は出ていないとのこと

 

当初はパチンコ店の宣伝をする旧皇族という設定の「キャラ」だったのだろうが取り返しのつかないところまで行ってしまった

 そんな時にアマテラスの店長からWさんに「次期オーナーです」という触れ込みで岡崎を紹介されたそうだ。この店長の現在の行方はWさんも知らないという。岡崎はこのアマテラスの2階にある倉庫に間借りして住んでいたのである。だが家賃滞納で退去したそうだw 次期オーナーなのに家賃を請求されるとは思わず笑ってしまったエピソードである。実際は無料で住んでいたようであるが。ようは、旧皇族華頂宮チャンネルの初期は、パチンコ屋アマテラスの宣伝の一環として始まったチャンネルだったのである。アマテラスのXアカウントは現存しているので興味のある方はどうぞ。「大日本アニキ」は割とセンスがあっておもしろい。

 

 

 Wさんは続ける。「自分はこのように周囲に迷惑かけるのだけはやめてくれと岡崎に散々伝えていたのに、結果こうなってしまって困っています。他の理事もみんな大赤字で活動してました。しかしもう辞めるようです。まったく収益にはなっていません」

 

 私が一番聞きたかった「では、あなた方は岡崎に騙されていたということですか?」との問いには「自分もいまだにホンモノかニセモノか判断できませんが、岡崎本人は自分はニセモノではないの一点張りです」との回答。なんだよ!厩戸ノ華頂の内部でも本物である確証もなくやっていたのかと半ば呆れた。これに対し、私は情報の精度には自信がある自分の調査結果を説明し、岡崎家は間違いなく皇族とは縁が無い単なる一般人の家系ですよとお伝えした。

 

 そして岡崎は今どこで何をしているのか聞いたが、「自分はもう近寄りたくないので把握していません。皇族かどうか以前に人間性が狂っているのでもう関わりたくありません」との回答。なんと法人内部でも岡崎はすでに狂人として見られていたのだ。そして理事の方々は金銭面でも岡崎を支援していたのである。「アマテラスが潰れてYoutubeで生計を立てようという事で旧皇族チャンネルに変更したのです。岡崎の生活費は自分が支援していました。岡崎は住むところがなくなり磯崎のマンションに転がり込んでいました」とのこと。どうやらここら辺から岡崎とソイちゃんの師弟関係のような歪な絆が生まれたようだ。こんな口八丁の詐欺師と日々生活を共にしていたら一種の洗脳状態に陥るのは明らかだ。ない事ない事、日々刷り込まれていったのは容易に想像がつく。

 

 「自分が岡崎に支援していた金額は7〜800万円は行っています。昨年末にYoutubeの収益が最高50万円が3ヶ月続き、これでやっと岡崎に借用書付きで貸していた金が取り戻せると思っていたら、Youtubeの収益の権利を全部よこせと言われたので自分は理事を辞任しました」とのことだ。あまりの岡崎のクズぶりに私は絶句してしまった。このように岡崎祐一は人に対する感謝とか恩義をまったく感じない人間なのである。人に好かれる天性の才能と口だけはうまいが、実状は人間の皮を被ったクズであることは間違いがないと確信した。ちょうどコヤッキースタジオやTOLAND VLOGに出演して知名度と人気が急上昇していた時期である。

 

S理事の話

 続いては女性理事のSさんと少しだけだが会話ができた。実はこの日、偶然にも名古屋在住のSさんが東京に出て来ておりWさんと一緒にいたのである。このSさんは私がさんざんSNSで攻撃的な言葉で挑発してきた方である。私から見るSさんは詐欺集団の実務を取り仕切り、アンチコメントを削除しまくる女帝のようなイメージで見ていた。だがこれは完全に虚像であり、私がイメージしていた人とはまったく違っていた。

 

 この日、Sさんが上京していたのは、予定していた華頂博一講演会会場のキャンセルのために、電話一本で済むだろうところ、わざわざ会場に頭を下げに来ていたのである。しかも名古屋から自費でだ。丸一日潰れるだろうし旅費だって数万円かかる。もちろんSさんには本業がありお忙しいはずだ。私が「岡崎に裏切られたという感情はお持ちですか?」と聞くと「少しありますかね」と。「Sさんは本気で岡崎が旧皇族だと信じていたんですよね?」と聞くと「そうですね、、、」と。はやり彼女も岡崎に騙されていた側だった。

 

 SさんはWさんと以前からの知り合いで、Wさんが厩戸ノ華頂に引き入れたそうだ。「私がさんざんSNS上で罵ってきましたが、Sさんが運営する団体には何か実害がありましたか?」と一番心配していたことを聞くと、「誹謗中傷のメールが来たりして困っています」とのこと。こうなってくると、これは完全に私の責任である。実状を知らずに彼女を攻撃してしまっていた。この非礼については真摯に謝罪しておいた。謝って済むかはわからんが、自分が起こした不始末は誠意で対応するしかあるまい。お互いの大きなわだかまりは少しは解消したと思う。私のSさんに対する見方は180度変わったが、Sさんの私に対する感情の本音は見えない。相当ひどいことを言い続けてきたから当然だろう。本当に申し分けないことをしたと胸が痛む。SさんはWさんの運転する車で品川駅から新幹線で名古屋に帰っていった。Wさんによると、私と話せて安心したような感じでしたとのこと。恐らくSさんに日々不安と恐怖を与えていただろうから、これを聞いて少し安心した。例のメールに心当たりのある方は、どうかもう変なメールは送らないようにしてください。勝手だが私からも強くお願いします。

 

 さて、だいたい以上のような内容がSさんとの会話である。だがやはり岡崎祐一という出自不明の人物を何の確証も得ずに旧皇族として講演会を主催し、懐疑派の声を無視して活動を継続してきたことに対する疑念は晴れない。この点をWさんにぶつけてみると「もっと早く連絡するべきでした。今日話した内容を磯崎にも伝えて、これを踏まえて動画で謝罪か発表してもらうようにします。自分たちも甘かったですし自業自得だなと思っています。見守りさんもそんなに謝らないでください」とのこと。私は一気に彼らを糾弾する気持ちが萎えてしまい、同情する側に考えが変わってしまった。

 

 いわゆる「スタッフの人」たちは普段あまりSNSをやらず、我々アンチの意見もほとんど見てなかったようである。Sさんも私のブログの存在は知っていたが読んではいなかったそうだ。それに当然だが専従はいないしそんな資金があるわけでもない。みなさん本業の傍ら無給のボランティアとして手伝っていたわけで、内情を聞くととても法人として機能していたとは言い難い状況だったことがわかった。

 

他の理事の方たち

 一般社団法人厩戸ノ華頂の設立の経緯についても聞くことができた。それによると、岡崎がWさんに会わせたい人がいると言って紹介されたのが高谷さんだった。高谷さんは「世の中のためになるなら」といって法人に加わったそうだ。高谷さんと岡崎のつながりは以前のブログで書いたと思うが、華頂博一初のソロ講演会を主催した佐藤和夫さんの人脈だと思う。アパホテルの会長が主催する勝兵塾に参加する酒生文弥さんらとの交流はフェイスブックなどで確認できる。これらの人々もまた岡崎に騙されていた人々だろう。同様に、倫理法人会人脈ももはや同様と見るべきだろう。彼らは純粋に岡崎が旧皇族の血統と信じて支援してきたのだ。そして高谷さんの提案で一般社団法人として形になったということらしい。

 

 ソイちゃんもSさんも、Wさんが法人に引き入れたそうだ。後述するが監事のKさんも同様である。KさんはWさんの会社の従業員である。当初はKさんが動画の編集や金銭管理をしていたそうだ。これらの事があるため、Wさんは今自責の念にかられている。だからこうして私にも真実を話してくれているのだ。

 

 私が最初に理事の方々を調査していたとき、最初に見つけたのがWさんとKさんが少年たちにサッカーを教えているという事実だった。Wさんがチーム代表でKさんがコーチである。経験者ならわかると思うが少年にスポーツを教える大人たちというのはほとんどボランティアである。スポーツが好きで子どもたちが好きでないととても自分の休日を潰してまで継続することはできない。技術はもちろんだが、仲間への思いやりやスポーツマンとしてのフェアプレイ精神を教えるのも大事なことのうちの一つだ。そんな人達がなんで皇族詐欺に加担しているんだ?という疑問が常にあったが、Wさんの話を聞いているうちにこの疑問は氷解した。厩戸ノ華頂に集った人たちはみんなボランティア精神が強く、面倒見がいい人だったということだ。困っている人がいると助けずにはいられない。そんな人達が集まった結果、金欠だが血筋が皇族だという岡崎にみなが引き寄せられた。ちなみにKさんはこの日に監事を辞任したそうだ。

 

 Wさんは自身の経営する会社で、工事現場で簡単な手伝いをするという条件で一時期は岡崎を社員にして健康保険証まで作ってあげている。当然会社負担だ。それに前述のように生活費の面倒まで見て岡崎を助けていたのだ。それなのに岡崎は自分の人気が出てくるとYoutubeの収益を全部自分のものにしろと要求し、挙句の果てにウソが露見して文春砲が炸裂すると恩人たちをも裏切って逃亡したのだ。なんというクズだろうか。

 

 他にもう一名、Nさんという理事がいるが、彼は日本文化振興会の絡みの人である。この方は能登出身で今は災害ボランティアで能登の復興に尽力されているそうだ。WさんはNさんに自社のトラックを貸し出して支援している。このように厩戸ノ華頂は詐欺集団どころか困っている人がいれば助けようとする人たちの集まりだった。憶測で物を言ってはいけないと常日頃言っている私が、まさに憶測で物を言っていたのである。理事のそれぞれが何者であるかの調査はできても、こういった内情や横のつながりは直接聞かなければわからない。

 

ソイちゃん

 そして最後にソイちゃんだが、岡崎との「共同正犯」として私が激しく攻撃してきた人物だ。だがWさんにソイちゃんの人間性などを聞いていくうちに見方が若干変わった。Wさんとソイちゃんはアマテラスができる以前からの友人関係であり、ソイちゃんは責任感が人一倍強い人物だそうだ。ライブでの発言でも分かる通り、ソイちゃんは岡崎を旧皇族だと信じ切っているし、岡崎の語る「世界平和」を真剣に応援しているようだ。こうなってくると詐欺の片棒を担いでいる人物というより、岡崎に洗脳された最大の被害者と見えてもおかしくない。Wさんは日々ソイちゃんに対して説得しているらしい。私はWさんを通じてだがソイちゃんに対してもこれまでの非礼を謝っておいた。だが、これまでの行動に対してソイちゃんにも説明責任があるのは間違いない。岡崎はおそらくもう姿を表さないだろうから、たった一人取り残されて、矢面に立たされた彼が不憫でならないが、厩戸ノ華頂としての最後のケジメはつけなければならないのは明らかだろう。フェードアウトは許されない。動画内で「必ず釈明する」というようなことを語っていたのでそれを信じて待とう。これを見た方は、ソイちゃんや厩戸ノ華頂への非難は一旦胸のうちにしまってしばらく静観してほしい。

 

謎のおばさん

 岡崎を調べていると常に付きまとうのが「謎のおばさん」である。この人物も自身を華頂宮の末裔と語り、岡崎の血統妄想に火をつけた人物と目される。講演会にも登壇しているのでご存じの方もいるだろう。Wさんによると、岡崎に本物の証明を追求すると最後には必ず「おばさんに聞いて」となってしまうそうである。おそらくだが、このおばさんも血統妄想を患っているものだと思われる。本当の血縁者らしいが、どこまでが本当で何がウソなのか、詳細は私も掴めていない。岡崎がこのおばさんをともなってチャンネルに登場し、真実を語るのが一番いいのではないかと思うが、彼らは血縁を信じ切っているのでそれは野暮というものかもしれない。

 

岡崎の現在

 WさんがLINEで呼びかけると「すいません」と返信はあるようだ。どうやらまだすべての連絡を絶っているようではないらしい。だが、まだ「おばさんも間違ったことは言っていない」というような事を言っていて、ニセモノではない証明するものを探しまくっているそうである。これを聞いて私は岡崎がかわいそうになってしまった。どうか間違いだったと認めて欲しいし、今まで助けてきた周囲の人達やファンに一言でもいいから謝るべきだと思っている。法的に訴えられる前に自身が今まで騙してきた人たちへの贖罪をすべきだろうし、人間としてそれが筋である。私が執念で追っていたやつがこんな小さい人間だったと思うと切なくなるよ。

パチンコ屋のPRキャラがあれよあれよという間に、元皇族と肩を並べる偉そうなタイトルを手にしてしまった ちなみにこの振興会の役職は金で買える 写真は文春オンラインより 登記簿に名前を載せていないのに当主とは??

 

 

小名木さんは自分から連絡してきたそうだ 撮影場所はWさんの会社

 

最後に

 これを読んだみなさんはどういった感想をお持ちになっただろうか。アンチのボスが厩戸ノ華頂に丸め込まれてるじゃねーかと思っただろうか? そういう人は私と友達にはなれないだろう。彼らから私に圧力など一切ないし、逆に謝ってくれてさえいる。短い時間での会話だが私はWさんを信用するに至っているし、他の理事の方々も悪意のある方々ではないと理解したし、間違いなく善意の人たちだろう。ただ、皇族に対する知識や、岡崎のバックグランドまで調べる調査力が足りなかったと思うし、その努力をしてこなかったと思っている。もちろん法人としての厩戸ノ華頂に責任の一端はある。

 

 「隊長の執念はどこからきてるんですか?」とたまに聞かれるが、私は皇室を深く敬愛するひとりの日本国民である。皇室あっての日本だと思っているし、皇室は神聖で不可侵だと思っている。古臭いというなかれ。日本の歴史、天皇の歴史を知れば知るほどこの考えに行き着くのだ。長い歴史の中でどの武将も天皇を倒して自分が天皇にならなかったのはなぜか。ご自身で歴史を学んで考えてほしい。だから血縁もないのに旧皇族を騙る岡崎が許せなかった。このことをWさんに話すと深く共感してもらえた。他の者達にも伝えますと言ってくれた。この言葉を信じ、今は成り行きを見守ろうと思う。

 

 華頂博一だった男は今、Xで名前を岡崎パウロ祐一に変更している。岡崎は何を思うのか。もし、これを見ていたら私のブロックを解除してDMしてきて欲しい。あんたの今後についてアドバイスもできるし、助け舟を出すこともできる。ただ金銭面ではなくてな。まずウソを付くことを一切放棄して真摯に真実を語ることだ。

 

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殿下046 華頂博一の家族に迫る

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  さて、そろそろ華頂博一(本名:岡崎祐一)の家族について徐々に触れていきたいと思う。私がこのニセ皇族撲滅の活動を始めてから、同時進行で血縁者の調査にも着手しており、かなり早い段階で華頂博一の本名や元嫁や子どもたちについて把握していた。だが彼らには罪はないし、できるだけSNS等で触れるのは自戒してきたつもりだ。しかし状況が一向に好転しない膠着状況が続いていると、こちらも何か新しいネタを提供し続けなければ飽きられてしまうw よって、個人名は伏せてできるだけ特定されないように配慮つつ岡崎の家族について明かしていこうと思う。あくまでも家族を攻撃する意図はこちらにはない。この責任のすべては無責任にも皇族詐欺行為をやめようとしない岡崎祐一の側にある。

 

 上図が前々回に公開した家系図の概要である。注意として、完全に抜け落ちている系統があることは最初に申し上げておく。こちらの戦略もあるが、あくまでも概略である。でははじめに岡崎の最初の結婚相手について触れる。

 

●最初の妻「OK」66歳

1977年(昭和52年)に岡崎は18歳で最初の結婚をしている。相手は地元佐世保の一学年年上の女性で現在66歳であるが非常にスリムで若々しい見た目をしている。この元奥さんは自身の成人式の時に長男を身籠っていたという話は以前に書いた通りである。長男誕生の6年後には娘も誕生している。佐世保北高校出身で、西海学園高校の岡崎とは高校が違うが佐世保のJAZZバー「いーぜる」を経営していた山下光さんとも交流があり、どういう出会いだったかは想像に難くないだろう。OKは現在も趣味でアメリカンウェスタンを歌っており、フェスティバルなどでたまにステージで歌うこともあるようだ。のちに岡崎と離婚し、実家のO姓に戻しているが、戸籍上の名字はKである。K姓の男と再婚して別れたのかもしれないが戸籍上はKのままである。詳しくはわからない。

 

 OKはその後、地元佐世保で夜の飲食店を経営するようになり、今でも現役のオーナーママとして働いている。2号店、3号店もあり、2号店は30年来のホステス仲間の親友のKAさん(源氏名はIさん)に任せ、3号店は弟のKがミュージックバーとして運営していたようであるが、現在は閉店しているかもしれない。現在はJR佐世保駅に近い港の地域の大きなバルコニーがあるビルの三階に住んでいる。

 

 ちなみにこのOKママは令和5年に助成金527万円をだまし取ろうとしてバレ、長崎労働局によって氏名を晒されている。SNS等や実生活での「通称名」は名字、名前の順のイニシャルでOKだが、戸籍上の氏名はKKであり、このニュースリリースもKKである。戸籍名を隠す必要があるからそうしているのだろう。実生活を通名で通すというと在日朝鮮人を思い浮かべるが、OKママが在日朝鮮人かどうかは判別できないし、名字も名前も日本のよくある名前である。「O」は在日朝鮮人がよく使う名字一覧には入ってはいるが、普段の生活から朝鮮の文化や風習などは一切感じられない。OKママの実家の先祖の墓の墓石は純和風の「O家の墓」となっているから、そこは考えすぎかもしれない。

 

 OKママには弟がもう一人おり、彼は現在イギリスでとある楽器の制作者としてキャリアを積んでおり、一部の人には名が知られている存在である。とある有名ロックミュージシャンも彼のブランドの愛用者と聞く。姉の元旦那が日本で皇族詐欺をしているなどおそらく聞かされていないと思う。

 

●長男「OT」47歳

 上記OKママと岡崎の最初の子供がOTである。彼はなかなかの犯罪者(自称前科11犯)で数奇な人生を辿っているので追うと非常に面白い。少年の頃から暴走族、違法な薬物に手を出すなど非行の王道を突き進んだようである。30歳の頃には小中学生の裸を扱う児童ポルノの掲示板をネット上に設置して逮捕されている。ちなみにこの事件では川口市の保育園を運営する44歳の園長が、OTの運営する掲示板に子どものエッチ画像を投稿した罪で逮捕されている。ロリコンどもめ!滅びろ! ちなみにこの件では両者とも横浜簡裁から罰金50万円の略式命令で済んでいる。

 OTはこのあと脱法ハーブなど、今で言う危険ドラッグの製造販売を始める。売人にとどまらず、自分で製造まで始めてしまったのだ。当時のOTを知る人物によれば、仲間と金銭で揉めて沖縄に逃亡したらしい。その沖縄でホームレス同然の生活をしていたところ、プロテスタント系の教会の人に助けられ、キリスト教に目覚めたようである。

 

 このどうにも救いようのない自堕落な人生を送っていたOTに差し伸べられた神の愛によって、OTは熱心に聖書を勉強するようになる。そして牧師になることを決意して沖縄の神学校に入学までするのである。だが結局挫折したのか、佐世保に舞い戻っている。ちなみに沖縄にいるときにも隠れてドラッグを販売していた。その時のSNSアカウントが今でも残されている。更生とは何だったのか、、、。この時に勉強した聖書を解説するFacebookがいくつも現存している。2015年頃に恋愛関係ではない女性と一緒に運営していたようである。

自戒の念を込めた反省文?のような記述が見られる

沖縄でも変な商売をしてしまう

 そしてOTは昨年、上記OKママと同様に、729万円もの税金泥棒を画策してバレて愛知労働局によって氏名を晒されている。どこまで行っても犯罪者である。ちなみにこのOTのOは岡崎ではない。出生時は岡崎のOTだったろうが、途中で何故か岡崎祐一の最後の再婚相手の戸籍に入ってITとなっている。児童ポルノではIT名である。下記のプレスリリースはOTの名前で発表されているから現在の戸籍名はOTで間違いない。OKママが以前に「本名だと過去の良くないニュースが色々出てきてしまうから」と語っている動画がYoutube上にあったが現在は削除されている。これは私のミスでOTに私が感知していることがバレてアカウントごと削除逃亡したためである。同様に情報の宝庫であったFacebookのアカウントも削除逃亡している。しかし情報はすでにすべてこちら側にあるのである。知恵比べで私を侮ってもらっては困る。ちなみにこのニュースリリースで摘発された事業所は例によってCBDリキッドやら変な薬物の販売店だった。一度儲かった過去を忘れられないのだろうか、どうしても薬物関係に手を出してしまうのだ。懲りないやつである。

 

名古屋でも変な商売をしてしまう

 ちなみにこのOTは岡崎の「殿下活動」を知っていて参加もしている。講演会の会場にも来ていたし、ライブでもチャットで発言したことがあった。「居皆亭の動画テロップ事件」があった後のライブである。岡崎が必殺泣き落としを披露している時のチャット欄のスクショを貼っておく。息子のOTが居皆亭のコメントをコピペしているのがわかるだろう。ハンドルネームは伏せておいてあげよう。

 

 OTはその後「珍しい鳥の肉」を生産する会社に入社し、徳島県の某所で働いていた。その時のニュース映像がまだYouTubeに現存している。名前のテロップ付きでインタビューに答えているのだ。その「珍しい鳥」に餌をやっている姿が確認できる。2年前の映像である。

テレビのインタビューに答えるOT


 ちなみにこのOTはヤクザばりの全身刺青野郎である。それを隠すために夏でも長袖を着用している。岡崎もバンド時代にタトウーを入れているが、それは肩に近い上腕部分なのでTシャツでも隠れる。かく言う私も実はタトゥーを入れているが、Tシャツで隠れる範囲内である。これはタトゥーあるあるだが、まだまだ日本では温泉やプールなどでは歓迎されないし偏見の目で見られる。まぁそんなことは承知の上で入れているわけだが。 対タトゥー強硬派の東京サマーランドなんかはこちらから願い下げなのであるw

 

 おっと!話がズレてしまったじゃないか! 次に行こう。

 

●長女「OA」41

 その元犯罪者のOTの妹がOAである。このOは岡崎のOである。彼女は一度結婚して男の子をもうけたが離婚してシングルマザーとなっている。現在中学3年生の子ども(OHくん)がいる。OAはあまりメジャーではない画法の、なんとも味のある画風の画家として活動している。どちらかというと和風の前衛芸術といったところか。数々の個展もこなしているし、海外出品などもしていて知る人ぞ知ると言ったポジションだろうか。だが当然そんなアマチュアに毛が生えた程度の画家活動で食えるはずもなく別の仕事をしている。華頂チャンネルのライブ配信で飾られている絵は娘のOAの「ひまわり」という作品である。前述のOKママの弟のイギリスの楽器製作者の家で、絵の勉強のため数年間暮らた経験がある。

おなじみの「例の絵」は娘の作品

 この娘のOAが父、岡崎祐一の「殿下活動」を知っているかどうかは正確には不明ではあるが、知らないはずはないだろう。兄のOTとは非常に仲が良く、息子のOHくんを兄に預けて何日間もの男二人旅に出すくらいなのである。すでに殿下活動をしていたとある年に、OAの展示会がお台場であった時に、華頂博一はお忍びでその展示会に行ってOAと会っているのだから。その時の写真もある。また、ボルタレン祐時代にも娘の絵が出品された上野の美術館での展示会を見に行っている。最近ではドバイで行われた展示会にも出品しており、自分名義のorgドメイン名のサイトも運営している。ちなみに兄のOTが九州某所でとある店舗を開店するとき、妹のOAが壁画などを手掛けている。その時の写真もネット上に現存している。とても成功した画家とは言えるレベルではないが、これから化ける可能性もある彼女に対して父は何を思うのだろうか。場合によっては皇族詐欺師の娘とレッテルを貼られる可能性もあるだろう。

九州某所にあった弟のOTの店舗の壁画を描く妹のOA

 余談だが、このOAは女性R&BシンガーのKRと佐世保の私立聖和女子学院高校の同級生で、今も母親のOKママとともに親交がある。KRは日本での大ヒットというのがないので無名に近いかもしれないが、割と息の長いアーティストで音楽好きは名前を聞いたことがあると思う。マイアミベース系の有名なラッパーの息子で自身もラッパーでありながらプロデューサーとして活動している黒人のRと深い関係にあり、二人で曲も数曲リリースしている。そしてボルタレン祐の番組にも二人で何度かゲストとして登場している。そのKRの妹は長崎某所の自宅でネイルサロンを経営しており、OKママ、OAともそこの顧客でもある。このようにKRは「岡崎一家」と非常に近しいと思しき人物である。まぁ皇族詐欺については1ミリも知らないと思うが一応情報として載せた。

ラッパーの黒人R、シンガーのKR、ボルタレン祐 FM戸塚にて

 いかがだっただろうか、ろくでもない皇族詐欺師の父、スナックママの母、犯罪歴のある息子、画家活動をする娘。全員離婚経験者で名字がバラバラ。OK、OT、OAとイニシャルOが毎回出てくるが、岡崎のOと合わせて3種類のOである。それぞれに幸せな家族の形はあるだろうが、どうしてこうなっているのかと疑問に思わざるを得ないのである。他の家族についての情報も当然持っているが、今回はコアな部分だけに留めておく。どう評価するかは読者のみなさんの感想におまかせする。こちら側としてはこれからも岡崎祐一とその一派を追い詰めていく。

 

前列左からOKママ、OA、OT 後列左からKAさん、OHくん
彼らに直接皇族詐欺の罪は当然ない。私は探偵でもジャーナリストでもないので家族の闇を暴くのはこの辺で勘弁しといてやるか。何度もいうが、この責任の一切は皇族詐欺行為をやめようとしない華頂博一(本名:岡崎祐一)とその一派にある。

 

殿下045 日本語が最古の言語?なワケねーだろ!

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 さて、華頂博一大先生ご自慢の自説に「日本語は最古の言語と決定づけた」話ってのがあるよね? まぁこれはニセ華頂ウォッチャーや殿下ファンの方なら誰でもご存知な有名な話だろう。念の為にご存じない方のためにその説の骨子を解説すると以下の通りである。

 

●「馬小屋」をGoogle翻訳で英語に変換するとStableになる。

●しかしStableを日本語に戻すと「安定した」となり馬小屋とはならない

●他の言語で試しても同様に「安定した」となり馬小屋とはならない

●よって日本語が世界最古の言語である!(なんでやねん)

 

↑馬小屋を英語に変換 ↓言語を左右入替えて再変換すると「安定した」となる

 英語以外でもこれをやると、多くの言語で同様の結果が得られてしまう。これは紛れもない事実である。この大爆笑素人考察に「おおー!華頂殿下すごい!」となってしまう人がいるようだが、まぁちょっと待てと。これにはGoogle翻訳の内部的な仕様や、単語の「多義性」が大いに関係している。ではそもそも英語のStableの語源とは何だろうか?

 

 流石に私もそんなもんは当然知らないので検索して調べて来たよ。それによると「stable」という英単語の語源は、ラテン語のstabilis(安定した、固定された)に由来してるそうだ。安定装置のスタビライザーもこれだね。で、stabilisは同じくラテン語の「stare」(立つ、止まる)という動詞から派生しるんだってさ。ふむふむなるほどと。ではラテン語で「馬小屋」という単語は何かと言えば 「stabulum」と書くらしい。まさに現在の「stable(馬小屋)」の語源になってるわけだ。でも、注意してほしいのは馬に限定した小屋ってわけじゃなく、家畜全般が「安定して留まる場所」って意味なんだって。つまり馬小屋って言うより家畜小屋の方が正しい。と、このように、そもそもラテン語の時点で家畜小屋と安定したという二重の意味を持つ多義語なわけである。現代のstableはほぼ馬小屋って訳されるけど、家畜の種類によって名称は違ってくる。大きな意味での家畜小屋はbarnとかLivestock shed、牛小屋ならCowshedだし、豚ならPigstyとかね。ニワトリならChicken Coopだ。

 

 んで、ラテン語ってのは今はキリスト教の典礼なんかで使われたり、動植物の学名なんかに使われるくらいで、とっくの昔に母語話者がいない言語だってことくらいは皆さんご存知だろう。一応バチカンでは公用語になっているが母語話者がいるわけではない。普段の会話は当然イタリア語だ。でも世界中のインテリ層には実際にラテン語を読み書きや会話できる人は多数存在する。なんとも特殊な存在の言語なのである。

 

 ご存知の通り、ラテン語は古代ローマ帝国の公用語で、イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語なんかのロマンス諸語のベースになった言語だよね。あの広大な領土で公用語だったわけで、当然現地の言語にも影響を与えるから陸続きのヨーロッパや中東、北アフリカあたりまでは当然ラテン語由来の単語はたくさんあるわけよね。ローマ軍は馬で移動するわけだから馬小屋も各所に無数にできるし、もちろん呼び名は「stabulum」だろう。それが現地の言語と融合するから現代でも当然似た発音の単語となって残ってると。

ローマ帝国の最大版図 でかすぎ

 ちなみに現代の言語で馬小屋を翻訳すると、英語はゲルマン語系だけどStable、フランス語はÉtable、ドイツ語はStall、スペイン語はEstablo、イタリア語はStalla、ポルトガル語はEstábulo、アラビア語はIstablって具合。どれも発音に「スタ」が入っててラテン語の「stabulum」の影響を受けているのは明らか。だから当然、家畜小屋の他にも安定したっていう意味をすでに内包していた多義語なわけだ。なので華頂大先生の珍説は至極当然な翻訳結果になるわけである。

印欧祖語ってのはインド・ヨーロッパ語族の仮想上の言語で実在するわけではない

 あと、Google翻訳の内部的な処理の話ね。初期の仕様では言語ペアの翻訳が内部的に英語を経由していたのは間違いない。これは調べたので確実。だから上記のようなローマ帝国領内以外の言語で翻訳しても、一旦英語の「stable」を経由しちゃってるわけだから「安定した」になっちゃうのは当然なのである。昔はまだ言語処理モデルのAIが未熟で、ブリッジ言語、中間言語として英語を使用していたわけだ。ちなみに現在のGoogle翻訳は「ニューラル機械翻訳」(Neural Machine Translation, NMT)ってのを採用してて、各言語ペアごとに翻訳モデルを学習するため昔みたいに英語を経由する必要が減ったそうだ。ただし少数言語やデータが少ない言語間ではまだ英語経由みたい。

 

 これで大爆笑の華頂大先生の馬小屋翻訳問題はスッキリ解決できたのではないだろうか? ちなみにこういった多義語は調べればたくさんある。例えば、土手=bank=銀行、ヤシ=palm=手のひら、樹皮=bark=吠える、fall=秋=Autumn、アザラシ=seal=貼るシール、井戸=well=良い、泉=spring=春、鳴る=ring=指輪とかな。まぁキリがないわけだ。

 

 これを馬小屋でやると、馬小屋=馬屋=厩戸皇子=聖徳太子みたいな連想ができてしまうから、脳内お花畑の情弱層は「馬小屋で生まれたイエス・キリストもそうに違いない!」みたいな解釈をしてしまうのである。

 

 ちなみに言っておくが、新約聖書にはイエス・キリストが馬小屋で生まれたなんて記述はないのである。イエスの生涯と教えを描いた福音書はマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネと4つあるが、この中でマルコとヨハネの福音書にはイエス誕生の描写はない。マタイとルカには記述があるにはあるが、どこにも馬小屋で生まれたとは描かれていない。マタイでは東方三博士が訪ねて贈り物をするシーンはあるが、イエスはすでに誕生済みで馬小屋の記述はない。ルカ福音書には「マリアは月が満ちて、初子の男子を産み、産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる所がなかったからである」としか描かれていないのである。でも我々の知識の中には漠然とキリストは馬小屋で生まれたと記憶されているのは何故か?

 

 それは新約聖書には採用されなかった偽典の「偽マタイの福音書」によるイメージが大きいだろう。これはマタイ福音書をベースに同じく偽典の「ヤコブ原福音書」や「トマスの幼児福音書」などをミックスして5世紀頃に作られたものである。いわば二次創作の同人誌と同じだ。そりゃカトリックに排除されるわいと。中にはイエス少年が泥で鳥を作りって命を与えて飛ばすとか、なかなかファンタジーな奇跡が描かれている。この偽典ではイエスは洞窟で生まれたことになっており、その後にマリア夫婦は家畜小屋に移ってイエスを飼葉桶に寝かせると、牛とロバがイエスを崇めたという記述がある。ここで初めて「家畜小屋」と表現されているのである。

絵画では伝統的に馬ではなく牛とロバが描かれる。羊飼いがいる場合は子羊

 この場面が西洋のキリスト教絵画でよく描かれる場面のもとになっているから、この逸話がいつしかイエスは馬小屋で生まれたというイメージで確立してしまったというワケ。ちなみに日本のキリシタン文書ではすでに「うまや」と表現され、明治時代の文語訳聖書では飼い葉桶が「馬槽(うまぶね)」と訳されるのである。これらから、日本人はイエス様は馬小屋でお生まれになったのよ的な話をよく聞くようになったのではないかと想像するがどうだろうか。

 

 ああ、また話が長くなってしまった! では日本語が最古の言語という実にバカバカしい件について検証してみよう。というかもはやこんなもの検証の必要もなく、単なる情弱だけが騙されるデマである。まず、世界最古の言語なんてのは検証しようもない話である。世界最古の文字というならば検証もできるだろうが、何しろ文字の発明は最近の話である。シュメールの楔形文字やエジプトのヒエログリフなんかがそれに当たると思うが、せいぜい紀元前3300年とかその程度で人類史から見たら最近の話だ。

 

 現在の考古学や遺伝学など学問的な理解では現生人類(ホモ・サピエンス)の発生地は東アフリカ周辺である。だから世界最古の言語も当然アフリカ周辺で確実である。文字がないから証拠はないのだが、家族単位、部族単位でコミュニケーション取りながら食料を求めて移動していくわけだから自然とみんなが理解できる共通の単語が完成していくわけだ。ただウーアー言ってるだけじゃなく、人間は複雑な発音ができる構造をしている。太陽、空、水とかの自然環境や動植物名、おキャンタマちゃんとか人体の部位や人名や感情などが自然発生的な最初の単語だろう。日本語が最古の言語と言うならば、世界最古の人骨や貝塚や住居跡が日本で発掘されなければならないが、当然そんなものはない。古くて旧石器時代の3万年前くらいがいいとこだろう。アフリカの約20万~30万年前には遠く及ばないのだ。

 

考古学的調査や遺伝子分析によって人類移動のルートは判明済み

 華頂大先生がよく言うウソ話は、日本人は世界最古のハイブリッターw とか、日本人が世界に出ていってまた戻ってきた、、、とか、伏見は世界を二周しているとか、、、。ま〜〜ったく根拠がない話で実にバカバカしいお笑いである。こういう話を疑いもなく信じてしまうニセ華頂信者は単純に「バカ」で済ませてしまって問題ないレベルでバカである。よく考えてくれよまじで。なんでここまでバカの話を信じてしまうの?? 華頂さんのこういった話、すべてオレがこういった形式で丁寧に論破できてしまうのよ?論破できないものはハッキリ言ってない。なぜなら全部学術的な裏付けのないウソ話ばっかりだから。いい加減目を覚ましたらどうですか?